あなたは薔薇より美しい……?
「神子様、ずいぶんな人出ですね」
「ほんとだね。こんなに混んでるなんて思わなかった」
インボイ○所沢ドームで開催されている、「国際バラとガーデニ○グショウ」。香りあふれる美しいバラの展示と、センスよいさまざまなガーデンスタイルを見せてくれるのが毎年大人気のイベントである。
混むのを見越して早めに家を出たのだが、望美たちが着いたときには、ふだんは野球場として使用されている広いグラウンドはすでに人でいっぱい。外野席から見下すと、どのコーナーも人だらけだった。
「だるいな……」
脇で知盛がぼそりと言う。天気もいいし、家でごろごろしているのはいけないよと無理やり望美に引っ張り出されてきたのだが、花にもカーデニングにも興味のない彼はすでに倦怠感にあふれている。
「そんなこと言わないで! ほら、せっかく来たんだし見よう、見よう」
人の多さごときにひるむ望美ではない。人はいっぱいでもパラもいっぱい。バラの甘くさわやかな香りが鼻をくすぐっている。
「ねっ、この紅いバラ綺麗! 名前……『ウォンテッド』? へえ、新しい品種のバラなんだ。知盛に似合いそう。銀はこっちの白バラなんてどお? うわー、名前『十六夜』だよ! 白くって、真ん中に少しだけ薄いピンクがかかっていて。それに何ていい香り……。あれ、『一葉』だって! 八葉っていうのはないのかな?」
はしゃぐ望美の姿に銀は微笑む。
「確かに薔薇も美しゅうございますが、私には花をご覧になって喜ばれている神子様の方が、ずっとお美しいと……」
「もう、銀ったら、恥ずかしこと言わないで」
そばで聞いていた知盛が喉の奥で笑った。
「おまえが花より美しいというなら、俺は花などではなくおまえを見せてもらうこととしようか。あとでじっくりと、な……」
「あーっ、知盛ったらどこ行くの! もう、いつも勝手なんだから〜」
「よろしいではありませんか。兄は兄なりにこの花の宴を楽しんでいる様子。好きにさせてやりましょう。適当な頃合に戻ってまいりますよ」
知盛がいなければ望美を独占できる。よって兄を止めるつもりなど毛ほどもない銀はにっこり笑う。
「うーん、そうなのかなあ……」
「ええ、そうでございますよ。それより神子様、あちらの庭を見にまいりませんか。花と緑の取り合わせがたいそう洗練されております。神子様のお宅の庭づくりにも参考になるのでは?」
「え、うん、そうだね……」
銀は望美と一緒にあれこれと見て回っているのだが、彼は周囲のバラと同じくらい自分が女性たちの視線を集めていることに気がついていない。花に顔を近づけて香りでもかごうものなら彼自身が絵のようで、ひそかに周囲からため息が聞こえたりする。だが彼には望美しか見えていないのでそんなもの関係ないのであった。
また知盛はといえば、ひときわ広い庭の一隅に設けられた小屋、これもむろんディスプレイの一部なのだが、扉の閉まっているその中にいつの間にか入り込んで寝ていた。
彼はそう時をおかず係員に追い出される運命にあった……はずなのだが。立ち入り禁止の場所に入り込んで惰眠をむさぼっているとんでもない客を発見した女性係員は、彼のあまりにも安らかかつ整った寝顔に見とれ、ついに彼を起こすことができなかったとのことである。
小屋で昼寝をしていたうるわしい青年の話は、それからしばらくイベント関係者の間で話題になっていたとかなっていなかったとか……。
そして。美しいバラと緑をたっぷり堪能した望美は。帰りにはバラのジャムやらバラの鉢植えやら、お土産を山のように買い入れてほくほく顔。
「ねっ、来年も行こうね!」
「はい、神子様」
「おまえが望むのなら……な。花の香に囲まれて束の間の夢を見るのも悪くない……」
「また、そんなことばっかり。でも楽しかったから、いいかな」
荷物は全部銀と知盛が持ってくれるので、望美はらくらくなのであった。
※ちなみにバラの名前は本当です。