京便り〜美咲の手紙
大好きなお父様、お母様へ
お変わりありませんか。無事、京に着いて五日目にこれを書いてます。
本当は到着したらすぐにお知らせしようと思っていたのだけど、すごく忙しくって。
遅くなって本当にごめんなさい!
奥州にくらべて、京はずいぶんあたたかいです。
春が早いせいか、私が着いた時にはこちらではもう、桜はほとんど散ってしまってました。平泉ではまだまだこれからのはず。
今年は金鶏山や束稲山にお花見に行けないのは残念。でも代わりに素敵なものに出会ったの。あとで書きますね。
さて、こちらでの毎日は目がくるくる回りそうです。
今日は左京の市をのぞいてきました。人出がすごくて驚きでした。さすが京の都!
話には聞いていたものの、川湊の市よりも何倍も大きくて、人もたくさん、きれいな人も変な人もいろいろ、お店も品物もいっぱい。
ひとつひとつ見てたら日が暮れちゃいそう。また今度ゆっくり見て回りたいです。
市にいる時にものすごい音がしたのでびっくりしたら、昼間から花火を上げていました。花火で人を集めて、玉乗りとか人形使いとか見世物をやっていたの。話しかけてみたらやっぱり宋の人だった。平泉にも宋の人は来てたでしょ? 船で博多に行かないかって誘われちゃったけど、もちろんことわりました。まずは京を見て回らなくちゃね!
私はこちらに滞在中は平泉第(ひらいずみだい)にいるわけですが、こんなに大きなお屋敷だとは思いませんでした。ここが京の奥州藤原の本拠ってことは知ってたけど……。
人や馬、荷車の出入りもひっきりなしだし。あ、私の部屋は奥の方だから、部屋にいる限り静かです。でも門のそばで人の動きを見ているのも楽しいの。最初はおかしな子だなあっていう目で見られたけど、すぐにみんなと仲良くなれました。働いている人たちのお邪魔にならないよう気をつけてます。
みなさん、とてもよくしてくれます。身の回りにも不自由はありません。食べ物も少し味付けが違うけど、おいしいです! 初めて見る食べ物やめずらしいお菓子もいっぱいあって飽きません。帰るまでには全部ためしてみるつもり!
すぐそばの藤原関白様のお屋敷には、お引き立てどうぞよろしくって、さっそくごあいさつにうかがいました。
ものすごく広くて豪勢な造りで、庭も池も大きくて、世の中にこんなすごいお屋敷があるなんて知りませんでした。平泉第も広いけれど、さすがに負けます。帝のおられる御所ってこんな感じなのかな。当分近くにも行く機会はなさそうだから、想像するだけだけど……。
関白様にお目にかかる時にはかなり緊張して、何とか失礼することはできないかしらなんてつい弱気になってしまいましたが、お父様、お母様、泰衡伯父様の顔を思い出してがんばりました。しっかりごあいさつできたと思います! おやさしそうな北の方が「京での母者と思ってくだされ」なんておっしゃってくださって、とてもうれしかったです。
でも本当のことを言うと、女房装束を着ると息が詰まりそうだし、長い鬘(かもじ)もうっとおしいの。つけると頭が重くて頭痛がしそう。
京に来ても私みたいに髪の短い女の人はあまり見かけません。この方が動きやすくていいのに!
六波羅にお住まいの平氏の方々にも、昨日お会いできました。
お父様に面差しが似ている方もいて不思議な気持ちになりましたし、お父様の小さい頃のお話もいろいろ聞くことができました。お兄様ととても仲がよかったとか……。
もちろん知盛伯父様のことは私、知らないんですけれど、話を聞いていて何だか小次郎のことを思い出してしまいました。小次郎が双刀を使うのは、もしかしたら知盛伯父様の血筋なのかな。 昼寝好きのところも似てるかも、なんて……。お父様はどう思いますか?
いつでも遊びに来ていいって言われたので、また行こうと思います。お父様や伯父様たちのこと、もっと聞きたいから。
ずいぶんおもしろい話もあるみたい。今度お母様にも教えてあげます。楽しみにしててね!
考えてみると、清盛お祖父様の血を引く孫というのは、ほんの数人しかいないのですね。お祖父様については悪く言う人もいるけれど、私は新しい世の中を開こうとしたお祖父様は立派だったと思います。
平氏出身のお父様、源氏の神子であったお母様、私たちが育った奥州藤原の一族……。まだほんの数日ですが、私は京に来て自分の出身をとても意識するようになりました。平泉にいた時より、ずっと……。
そうそう、最初に書いた素敵なもののことですけど。
お母様がおっしゃっていた六波羅の桜、私も見ました!
平氏が館を焼き払って京から落ちて行った時に、一緒に焼けてしまった桜から芽吹いたという木です。建て直された館の庭に立っていました。
幹はずいぶんしっかりした太さになってます。空に枝がすうっと広がって、立ち姿がとてもきれい。花びらも淡い色合いで美しかった。
今年の花はほとんど終わりでしたけれど、花びらを少し拾ったので大事に持って帰ります。
お父様とお母様の思い出の木なのでしょ? ぜひ今度くわしいお話聞かせてね。
毎日あっという間に過ぎてしまいますが、思うのは瞳子姉様と一緒に来たら、もっと楽しかったかなってこと。と言っても、姉様はそうそうそちらを離れられないし、ちょっと残念です。今回はおみやげいっぱい持って帰ります。
大宰府のお兄様にもお手紙を書くつもり。今すぐじゃないけど、一度あちらにも行ってみたいです。
遠いから駄目って言わないでね。お兄様や、久しぶりに将臣伯父様のお顔を見たいの。小次郎は元気かしら? 海ばかり眺めていないで、少しは学問もするように言ってね。
泰衡伯父様と伸衡様にもよろしく。
伯父様がお風邪を召されたという知らせが、私の到着より先に平泉第に届いていました。
心配です。お仕事がんばりすぎないようにって伝えてください。悩み多いお年頃だから、しわが増えるのも仕方ないのかなあ。
今だから言うけど、ここだけの話、私は伯父様の眉の間のしわが嫌いじゃないです。だってあのしわの動きを見ていれば叱られそうなのが予測できて、ささっと逃げられたもの!
長くなりました。八重がそろそろ寝なさいって言ってます。明日は吉次さんが市中の見物に連れて行ってくれるそうです。楽しみ!
またお手紙書きますね。平泉から京までの途中もいろいろあったけれど、それはあらためて。
お父様もお母様も、お体を大切になさってください。では!
美咲