桜惜宵



 勅勒の川
 陰山の下
 天は穹廬に似て
 四野を籠蓋す
 天は蒼蒼
 野は茫茫
 風吹き草低れて牛羊を見る――――



 どこに行っても国境などない、ただ伸びやかに在る大地。
 そんな場所を、思い切り友と駆けてみたかった。

 
 太陽に愛された、輝かしき優駿と――――



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 ――――そよぐ夜風に、花びらが舞い落ちる。
 その様は、絶える際さえあでやかであれと、桜が己が身に言い聞かせながら
 束の間の生を手放していくようにも見える。
 散ってもふたたび生まれることがかなうのだからと。
 
 しかし、来年自分がこの光景を目にすることは、ないだろう。
 奥州へ向ける源氏の百年の妄執。その流れは誰にも止められはしない。
 遠くない先にこの桜もただ灰と化し、骸をむなしく風にさらすだけとなるのだろう。


 この樹だけではない。
 毛越寺の朱の伽藍も、伽羅の御所の威容も、燦然たる廟堂をも飲み込んで、
 黄金の都を紅蓮の炎が覆い尽くして――――


 だが自分は選んでしまった。真に守りたいものを。
 国よりも民よりも。
 願うのはただひとつ……


 友をすべてのくびきから解き放つこと。
 そのためになら、何もかもを捨ててもいいと――――。
 




 ……彼らは今、どこまで逃れ落ちただろうか。
 海原を渡る船に、うまく間に合えばよいのだが。




 
 友ならば、来年の花をまた違う空の下で見ることがかなうだろう。 
 仲間たちと手を取り合い、明日を信じて歩んでいけるだろう。




 大陸に桜樹があるかは知らないが――――
 



 友よ。
 去り行く友よ。 
 願わくばその未来をこそ、花咲かせめせ。







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