食事時の会話兼ラブ・メッセージその3
我が君 先ほどからほとんど召し上がっておられませんね
せっかくふたりきりで夕餉を共にしているというのに、いかがなさいました
お体の調子がすぐれないのですか?
心なしかお顔の色も沈んでおられるようだ……
気にしないでとおっしゃられても、とてもそうはまいりません
額は特に熱くはないですね
巫医を呼びましょうか
ご不要と言われる……お体に悪いところはないのだと
では、いったいどうなさったのです?
……姫、こちらを向いて
ほら、私の目をごらんなさい
尊い御心を悩ますものをお教えくださいと臣下の身では無理には申せません……が
愛しい方の綺麗な瞳がなぜ翳っているのか気になってたまらず
身を焦がさんばかりの男がひとり、ここにいると気づいてくださいませんか?
私ですか? 私が何か?
今日の昼過ぎ、ですか?
……ああ、そういえばそんなこともありました
采女たちにつかまってしまって
たまたま宮の向こうを通られた我が君が、その様子をお目に留められたと……
これは失礼 私としたことがついぞ気づきませんでした
いえ、たいした話をしていたわけではありません
瑣末な世間話 あなたにお伝えするまでもないこと
そんな ずいぶん親しげに見えた、うれしそうだったなどと気のせいですよ
彼女たちの機嫌を損ねるとあとが怖いでしょう?
愛想のひとつもない顔で対するわけにはいかないと、ただそれだけ
私としても一応は気を遣っているつもりなのです
それにしても若い女性というのは、2、3人も集まっただけでずいぶんとかしましいものですね
ひとりひとりはそうでもないと思うのですが……とてもついていけません
ええ、そうですね 確かに宮に勤める若い采女は美貌で家柄もよい、よりすぐりの娘ばかり
私はいろいろと評判の芳しくない男ですが、中には興味を持たれる方もおられるような
……困りましたね、何かつまらない噂でもお耳に入ったのでしょうか
私がまことを尽くす女性はただひとりだけだというのに
あなたは誰よりもよくご存知のはずでは?
ふう……いけませんね
この私があなたにそんな表情をさせてしまうとは
きつく口止めされたのですが、仕方ありません 申し上げましょう、我が君
彼女たちに聞かれました
あなたのお好きな花や食物、色などを
……彼女たちはあなたに贈り物をしたいのです
いつもひたむきにがんばっているあなたを元気づけようと
そして贈るのなら、ぜひともあなたの喜ぶものをと
で、以前からお側近くにいる私であれば、あなたの好みをよく知っているだろうというわけです
彼女たちにとってあなたは、仕えるべき主であると同時に娘らしい憧れの対象でもあるようだ
私が彼女たちに囲まれて話をしていたのはそういうわけなのですよ
謎が解けましたか?
まあ、私がどう答えたかはご容赦ください そこは秘密のままがよろしいでしょう
いずれお手元に届くものがあるやに思います 楽しみになさっていらしてください
おやおや、感じ入ったお顔ですね さもありなん……
あなたは豊葦原の皆から実に慕われ、愛される王になられた
人は自らあなたに従い、何とかその力になりたいと願う
時折この国では、木の枝の一葉まであなたの方へとなびくのではないかと思いますよ
それが少しばかり口惜しく思えるのは……なぜでしょうね?
ああ、しかしこれで私は采女たちからうんと恨まれてしまうに違いない
あなたを驚かそうと思っていたのに、とね
これがばれたら、ただでさえないに等しい私の信用は壊滅的です
ええ、贈り物を受け取る時は、せめて何も知らないお顔で……
けれどあなたは心のうちを隠すのは不得手だし、やれやれ、どうなることやら
でもあなたの愁いを払えたのならば、私の行く末などどうでもいいのです
あなたの笑顔に比べられるものなどないのですからね
それに実のところ、悪い気はしていません……と申し上げたら、お怒りになりますか?
私ごときのために、その胸に小さな嫉妬のほむらを燃やしてくださるとは
あなたにこうしてやきもきしていただけるなど、私も捨てたものではないな
ならばもっとあなたの心を煽ってみたいもの……と、つい思ってしまいますよ
それにふと胸があやしく騒ぐのです
もし、あなたの目に蒼く激しい炎が浮かぶようなことでもあったなら
それはきっと、この身を投げ出してしまいたくなるほどに熱く、美しいものに違いないと
そして私は、自らを滅ぼすと知りながらも炎の中に引き寄せられて燃え尽きる、
哀れで幸福な蝶になる……
ふふっ、ただの冗談ですとも 我が君……
しかし一方、少々残念な点もある
あなた以外の女性に、どうして私が心を動かしましょうや
宮中では多分に私を誤解するむきもあるようですが、
あなただけは私のことをわかってくださると信じていたのに……
いえいえ、どうかもう何もおっしゃらず
これは私自身を理解していただく努力が足りなかったと、素直に我が身を省みるべきところでしょう
己の至らぬ点を率直かつ謙虚に反省する心は十分に持ち合わせているつもりでおりますので
あなたに関してだけは……ね
ああ、お静かに 隣の寝所にお連れするだけですよ
ええ、さっそく努力をせねばと思いまして
さらによく私をご理解いただくため、です 無論
こうして抱き上げても、あなたは相変わらず軽いですね
どんなに忙しくとも食事はきちんとお摂りください
食事は日々の基本です 食べねば力が出ませんよ
は? 夕餉が途中だと?
ああ、そうでした
ですが申し訳ありません、今はもっと先に食したいものができましたので
恐縮ながら、しばしの間お付き合いください
もっともあんなに可愛らしい悋気を見せてくださったあととあっては、
簡単にはあなたを手離せない気もしますが……
でも、どうかご安心を
あなたが指1本動かせないくらい疲れ果ててしまったとしても、
あとで私が口元まで夕餉を運んでさしあげますのでね
……さて、ではどこから味わわせていただきましょうか
紅く熟れた野苺のような唇からでよろしいですか?
あなたが熾(おこ)した火を鎮めることができるのは、あなただけですよ 我が君……