星月夜の散歩





花降る里に日は落ちて さやけき風はひそやかに
瞬き散らす 天つ川 
真珠の月が照らす夜は 女神の散歩にふさわしい



さても善き哉 この晩に 宮を抜け出す影ひとつ
抜き足 差し足 忍び足 
政(まつりごと)もがんばるけれど たまには息抜きしてみたい



森のはずれの木にもたれ 星の行方を視る者が
小さく笑いをこぼすには
「おや、走り星ですか。宮から流れてきた……」



草を踏む音 軽やかに 鼻歌混じりの夜歩きに
夜露に濡れた足元の 滑る体を支えた手
息呑む気配は予想済み 





「無茶なお方だ。暗い中をおひとりで出歩かれるなど。
 怪我でもされたらどうなさいます」
「どっ、どうしてあなたがいるの?」
「お待ち申しておりました、我が君。
 ここにいればあなたにお会いできると星が告げたもので」
「ええっ?」
「夢路の姫も麗しいが、今宵は現(うつつ)にお目にかかれて喜ばしい限り。
 さすれば夜半(よわ)の逍遥のお供はぜひ私に」
「あの……」
「それともこのまま宮へお戻りになりますか?
 王すらも抜け出す警備の穴を叱ってやらねば」
「あっ、それは待って!」
「では参りましょう。さあ、お手を私に」
「……うん」





見上げる星の昔語り 紡ぐ言葉はなめらかに
聞き入るほどに夜は更けて
ふたりを静かに見守るは 天空の月と星ばかり





「ねえ、本当に私に会えるって星が言ったの?」
「本当ですよ。私は姫に嘘はつきません。
 ただし、いつとは星も申しませんでしたが」
「え、それって……」
「……ああ、何とすばらしい星月夜だ。
 しかしどんな星空も、私の隣にいるお方が放つ光にはかないませんね。
 あなたは地上のまったき星、清冽なる望の月……」
「あのね……時々あなたって不思議っていうか、
 どうにも仕方のない人だって思うんだけど……」
「それは恐縮です。しかし私はあなたの忠実なる僕なれば、それも道理。
 我が君のためなら、私自身のことなどどうでもよくなってしまうのですから。
 それに私が夜空を観察しているのは常のこと。
 星々の面(おもて)にこの国の将来を……王たるあなたの未来を視るのが
 私の努めでもあるのです。
 あなたを災いから護り、永久の幸いに添わせることこそ妙なる私の望み。
 ご存知でしょう? あなたは私のすべて。
 あなたゆえに私は在ると……」





巡る世界は繰り返し 幾千の時を映し出す
哀しき別離(わか)れは今は未だ
穏やかに過ごすひとときの こんな未来も悪くない





「柊」
「はい」
「あの、今度……今度、夜に散歩に出かけたい時は知らせるから、
 その時はまた、つきあってくれる?」
「……ええ。あなたが望むならば、喜んで」





約束ですよと指を取り そっと唇触れさせて
息を止めた一瞬に
さらなる証に額にも 仄かな熱を残しゆく





「さあ、そろそろ帰りましょうか。姫のご不在があからさまにならないうちに」
「うん……」
「どうぞまた私にお手をお預けください。足元が危ない。
 ……どうなさったのです?」
「ううん、別に」





染まった頬を隠す闇に 感謝しながら伸べる手の
かすかなふるえに気づいても
何も言わずに手をにぎり 静かに微笑む夜のうち





星が見つめる物語 いずれの道を歩むのか
流転の世界の只中の どこかで回る運命(さだめ)の輪





想いは何処(いずこ)へ……?









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